トップページ > サンプル > 夏目漱石「こころ」

夏目漱石「こころ」

夏目漱石「こころ」を読んで

 この小説を読み終わった後、しばらく言葉が出て来ませんでした。もどかしいような感じになり、なんとも言えない気持ちになりました。恋愛を巡る悲劇でもありますが、単なる恋愛話ではないと思います。もし単なる恋愛話であれば、先生が友人であるKの好きだった女性を妻にし、Kも納得して話が終わったかもしれません。テレビドラマなどには、そういう話がたくさんあり、まるでゲームのような恋愛になっているものがあります。けれども、この小説では、Kが自殺をし、先生も自殺します。物語の核心部分が描かれている手紙は、遺言とも言えます。単なる恋愛とは言えないものが、この小説には描かれていると思います。
 もし自分が同じような立場になったら、先生みたいな行動を取れるか、と言えば、それは分かりません。しかし、先生が感じた罪は、自分でも共感できるものです。結局、先生は、Kの好きだった人を奪った形になり、妻にしました。しかも、妻は、そのことを知らずにいました。もしはっきりと自分が仕組んだんだと先生が妻に言えば、一人で悩むことはなかったかもしれません。あるいは、妻も納得したかもしれません。けれども、それをしなかったところに、先生の優しさがあり、弱さもあり、また、人間らしさもあると言えます。しかも、先生が感じた罪は、主人公である私に吐露されました。言ってしまえば、直接関係していない第三者への吐露であり、むしろ、関係していないからこそ、言えたのでしょう。しかも、先生の人生に大きく関わる罪であったため、吐露された手紙は、遺言とも言えます。そうだからこそ、この小説は悲劇であるとも言えます。
 おそらく先生の行動は、古い人間のタイプ、として切って捨てられるかもしれません。今時の人であれば、問題にしないかもしれません。あるいは、正直に言っちゃえばいいのに、と思う人もいることでしょう。けれども、そうできないところに、この小説の特徴があるようにも思います。もしかしたら、そういうことは、虐められている人がなかなか相談できないことと共通していることかもしれません。テレビなどで、なぜ相談できなかったのか、と解説されることもありますが、それは非常に無責任にも感じます。たとえ自分が悪くなくても、なかなか口にできないことがあります。恥に感じていることもあるでしょうし、告白したい相手に対する申し訳なさもあると思います。むしろ、こういうことの方が普通なのかもしれません。これを考えると、とりわけ、少年犯罪などで心の闇をどうするか、と語られることがありますが、少年ばかりでなく、大人においても、心の闇があり、それがあるからこそ、生きていられるのかもしれません。先生もまた、心の闇を持っていたと言えます。それを最後の最後で吐露してしまったからこそ、自殺してしまったとも言えます。しかし、先でも触れていますが、先生は、そういう闇を直接口に出してはいません。手紙という形をとったところに、深い闇が隠れているようにも感じます。
 こういうことを考えれば、「こころ」という小説は、

決して古いものではなく、人間そのものが描かれているようにも思います。今時の人が、と述べているので、矛盾した言い方かもしれませんが、それはあくまで単純な見方ということです。もっと真摯に向き合えば、今でも先生のような人がいるかもしれません。表面でニコニコしていても、心の中で別なことを考えているかもしれません。あるいは、いつも怒っているような人が、実はとても優しい気持ちをもった人かもしれません。もちろん、表も裏もない人がいることも確かでしょう。しかし、そんな人でも、ついつい人には言えないことをしてしまったことがあるかもしれません。そういうことが、人間らしいことであり、人間であるからこそ、そういうものなのでしょう。おそらくこれも、心の闇に通じるものであり、言い換えれば、心に闇があることが当たり前かもしれません。それをどう解決するのかは、社会が決めるのではなく、結局は、その人自身が決めるようにも思います。残念ながら、「こころ」の先生は、それを自らの死で解決してしまいました。それに賛同するつもりはないですが、気持ちは分からなくはないです。
 また、「こころ」の人物は、名前が出て来ません。非常にユニークな点ですが、そうであるからこそ、一般的なことを描いているとも言えます。仮に名前が付けられていたら、個別の問題として扱われるかもしれません。もっとも、個別の名前がある方が、共感しやすい人も多いかもしれませんが、少なくとも私は、固有名詞がなかった方が、心に響くものがありました。この文章はサンプルです。コピペは犯罪です。とにかく、「こころ」を読んで、単純なことに見えながらも、実は複雑な心が関係しているんだ、とも思いました。そうして、決して物ばかりでなく、心によって動くのが人間であるとも思いました。おそらく「こころ」は、いつまでも私の心の中で、忘れられない小説になると思います。


読書感想文一覧へ 他のコラム記事を読む